4日目の朝、列車はノヴォシビルスクの西あたりを走っていた。ポリーはコンパートメントのドアの上にある小さな時計を確認した。それは6時30分を示していた。モスクワから時計は変えられていない。シベリア横断鉄道の時刻表は、全線にわたってモスクワ時間で動いている。7日間で7つの時間帯を越えるのだ。8,000キロの距離を走る鉄道が、各駅で異なる時間を持つことはできないのだ。
しかし、窓の外の現地時間は10時30分頃だった。太陽はすでに6時間も昇っていた。
この列車の時間と外の時間のずれは、車掌が言うには、この旅の小さな精神的挑戦の一つだった。ウラジオストクに着く頃には、列車の時計はある時間を示し、現地の太陽は7時間も違う時間を示すことになる。
ポリーは飛び降りて、探検に出かけた。
食堂車は3両先にあった。各車両は長い木製のトンネルのようだった。緑の制服を着た車掌たちは、駅に停まる間、足を上げて新聞を読んでいた。彼らはオウムを見ても驚かなかった。この列車は色々なものを見てきたのだ。
食堂車は外側が色あせた赤、内側は淡い青で塗られていた。重いレースのカーテン。木製のボックス席。遠い端には小さなキッチンがあった。ポリーは窓際の空いているボックス席に止まった。
Read it. Then say it.
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少し大きめのジャケットを着たウェイターが、ロシア語、英語、中国語のメニューを持って現れた。ボルシチ。ペリメニ。サーモンキャビア。ウェイターはメニューを戻し、ポリーの高さに合わせた小さな皿を持って戻ってきた。パン、バター、そして黒いニシンだ。
「キッチンからのサービスです」と彼は英語で言った。
ニシンは塩漬けで強い香りがした。パンは3日間の発酵から来るかすかな酸味があった。バターは無塩だった。この組み合わせは、ロシア人が長距離列車で120年間食べ続けてきたものだった。
窓の外では、タイガが薄くなり、高く開けた草原に変わっていた。小さな木造の家の近くで牛の群れが草を食べていた。自転車に乗った男が踏切で待っていた。